2014年2月2日日曜日

剽窃がいっぱい

自分が書いたはずの文章が知らない間に他人名義で活字になっていて、その本を書店で読んだときの、何か得体の知れないものがまとわりついてくるような、なんとも表現しかねる印象というのは、誰もが経験することではないはずです。

「3代目んだ」の08/05/22付エントリー(剽窃)を「剽窃事件の顛末」のページに組み込みました。当事者になってしまうと、リアルタイムですべてをオープンにすることはできません。一定の歳月が経過しなければ書けないこともあります。

あの件は02年12月の出来事でした。ほとぼりが冷めて歴史として残しておくために、「んだ」で「金銭の授受を伴う解決」の部分を記述したのでした。塁に出るのが先頭打者の役割というものです。本体に組み込めなかった最初の段落は次のとおりです。
「剽窃」で検索すると、「剽窃事件の顛末」のページがGoogleで3位、Yahoo!で6位、Live Searchでも4位表示です。「剽窃事件」なら3社とも1位表示です(08/05/22現在)。この数日、こうした検索ワードが際立っています。きっと何かその種の事件が起きたのでしょうが、ニュース検索してもそれらしいものが見当たりません。
6年過ぎて同じ検索をかけてみましたが、「剽窃」では私のページは見る影もなく埋没しています。マンモス大学にこぞって「剽窃」を牽制する文書を掲げられたのでは、ひとたまりもありません。

「剽窃」だけでなく「盗作」や「盗用」でも検索していみましたが、ブログ間のパクリは何件かあったものの、個人サイトの記述が書籍にパクられるという事例を見つけることはできませんでした。だとすれば、先頭打者として出塁した私のプレイは、まんざら意味のないものでもなかったということになるのかもしれません。

印刷されて活字になった本と個人サイトの記述がほぼ一致するとき、一般的には後者が前者をパクったと見られるはずです。「セットポジション」に「後攻は有利なのか」のページがある限り、「剽窃事件の顛末」のページも必要です。

14/02/02現在、Amazonさんには古本が6点出品されています。ブックレビューを投稿してみようかという衝動に駆られなくもありません。歳月が重なれば重なるほど、やはり印刷されたものは強みを発揮するもののようです。

ちなみに、ページタイトルは臼井吉見『事故のてんまつ』(筑摩書房)を意識したものです。故人に対する名誉毀損が成立するのか等が裁判で争われましたが、川端康成氏の遺族と臼井氏との間で和解が成立し、いわゆる差別語問題の影響もあったのか同書は絶版となりました。

私の目標は絶版ですよ、というメッセージを込めていたつもりです。なお、私は『事故のてんまつ』を絶版になったあとに図書館で読みました。Webなら削除すれば済むのですが、書籍の場合、絶版になったからといって、すべてが消えてなくなるわけではありません。

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