2014年1月27日月曜日

ファウル打法

AとBのページの間にCを放り込むと、A→C→Bの順番になります。Aが「ルールを変えた男」、Cが昨日分割した「一塁フォースアウト?」、Bが「サスペンデッドゲーム」のページです。AにはBへの内部リンクが残っていますので、これをCに置き換えなければなりません。

というわけで、「ルールを変えた男」の再稼働対応を完了しました。おそらく、昨年もっともアクセスの多かったページなのではないかと思われます。

いまさらという気もしないわけではありませんが、前原の名前を出したままでいいのか、場合によっては伏せたほうがいいかもしれないと思って検索してみましたが、ご本人が取材を受けていたようですので、このままにします。13/08/22のスポニチです(頁末リンク参照)。
▼前原正弘さん(59) 彼の悔しさはよく分かる。あの打法は選球眼やバットコントロールが大事で誰もができるものではない。私と同様、小さい体で何ができるか努力してレギュラーになった。高野連にはもう少し大きな目で見てほしかったし、準決勝の前に警告するのもどうか。私が郷司さんに注意されたのは甲子園初打席ですから。
40年前には特別規則はありませんでした。ルールがないのですから、「注意」なり「指導」なりの形になるのは仕方がありません。昨年のケースは、すでにルールがあるのですから、当該試合の審判が違反だと判断するなら、グラウンドで粛々と特別規則を適用しアウトを宣告すればよかっただけです。

試合中にその判断を下すことを回避しておきながら、わざわざ試合後に徒党を組んで説明(恫喝? お願い?)に出向き、動揺と混乱を誘う必要はなかったはずです。同ページにも記載していますが、この特別規則はセンバツの決勝で適用されたことがあります。

以下は個人的な備忘録です。

07/08/15「2代目んだ」(カット打法)より
「ルールを変えた男」について、何年頃の話か、どの地域のチームか、など断片的な情報でも構いませんので、何かご存知の方はご教示をお願いします。
07/08/29「2代目んだ」のコメントより
まだナゾは残っていますが、もはや私にできることは限られています。もう少し調べて、新しいページをつくりたいと考えています。タイトルはもちろん「ルールを変えた男」です。
08/02/20「3代目んだ」(ルールを変えた男)より
5カ月の間、棚晒しにしていた「ルールを変えた男」を正式にUPしました。期間を置いた理由は2つあります。
1つは、実名か匿名かという問題です。「セットポジション」の「実名掲載規準」では、卒業後も野球を続けていることが確認できない高校生の場合、実名を控えることを原則としています。
今回のケースは直接の発端が別サイトの掲示板なのですが、私が(まだ)実名を避けている間に、実名が出てしまいました。成り行き上、私も実名で応答しましたので、今さら匿名にする実益はほとんどありません。事実、「東洋大姫路 ファウル」で検索すると、実名を含む私の投稿がGoogleで1位、Yahoo!では2位表示です。
2つ目の問題は、新聞記事の引用部分が多いということです。「1967年日本楽器」のページもそうですが、こういう古い時代のことは、どうしても新聞に頼らざるを得ず、このようなページにしかなりません。見てもいないことをさも見ていたかのように地の文に溶け込ませることはできません。
まあ、フィクション仕立てにするという手法はあります。フィクションの作中人物に語らせれば、堂々と「見てきたような嘘」が書けるわけです。フィクションなら、実名か匿名かの問題も同時に解決します。
一方、引用した記事をばっさりと削ってしまったのでは、内容がスカスカになりかねません。許容されるぎりぎりの範囲でやるしかないわけです。
しばらく間を置いてから、この2つの問題を考えようと思って、公開を留保していました。結局、名案は見つかりませんでしたけど…
08/08/22「3代目んだ」のコメントへの返信
阿部パパは、私がスルーしても、どうせ書き込まれるに決まっていますので、予防的な意味で名前を出しました。ただ、これでもう終わりにできるわけですから、削除しておきます。 
【外部リンク】
スポニチアネックス>カット打法“禁止” きっかけは巨人・阿部の父「バントだ」

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