2014年1月12日日曜日

インフィールドフライはなぜインプレイなのか?

「殿堂」の「達川」のページに、私は次のように記述していました(今回削除しました)。
「故意落球」はボールデッドなのに、なぜインフィールドフライはインプレイなのか、という点については、よくわかりません。以前の私が誤って理解していたように、インフィールドフライもボールデッドのほうが、混乱が少ないように思えます。安易な併殺を防ぐことが目的なら、ボールデッドでも支障はないと思われます。
これに対して、11/08/17に次のようなメールを頂戴していました。
 インフィールドフライもボールデッドにする方がいいのでは、という意見に対しての私の意見です。書かれたのがかなり前なので、いまさら、ということかもしれませんがお許しください。
 インフィールドフライをグラブではじいてしまいそのボールがファウルゾーンを転々と転がって…などというプレーがあったとしてもボールデッドになってしまっていると走者の進塁が認められなくなってしまいます。つまりエラーをしてもおとがめなし、となってしまうのです。またそういった危険性がある以上ボールデッドになっていない限り、野手は緊張感を持って捕球するはずです。ボールデッドにしてしまうと、もしかしたら落球なんてかっこ悪いことにならないようにインフィールドフライは捕球せずワンバウンドしてから取れ、なんてあほなことになるかもしれません。インプレイならばイレギュラーを考えてそんなことはできません。故意落球はその落球自体が故意であり通常のプレーではないので、その時点でボールデッドとしない限り故意落球というルール自体が意味を持たなくなってしまいます。てなことで取り扱いに違いがある。
2代目「んだ」でもご意見を承っていますので、移記しておきます。07/09/24の投稿です。
私見ですけど、インフィールドフライがインボールで故意落球がボールデッドなのは、というかボールデッドになる原理は「あるプレイがいずれかの裁量の選択肢と自由度を著しくかつ不当に狭める状況の回避」だと思います。
つまり、故意落球が認められてしまうと、相手に「フォースアウト覚悟で塁上にとどまる」か「タッチアップせずに進塁するか」の二者択一を意図的に相手が操作できる状況になってしまうが、インフィールドフライはフェア=バッターアウトの時点で故意落球をちらつかせた守備側圧倒的有利の状況は回避できる。さらに、アウト覚悟で進塁するかどうかは相手のプレイの裁量ということで逆にボールデッドが攻撃の裁量を奪う形になる。よってボールデッドには至らないのだと思います。
似たような状況でよく解るのが、フォアボールとデッドボールだと思います。フォアボールにするのは守備側の(偶然的な要素があるにせよ)裁量の内で、かつその結果が相手の裁量に影響を与えないからインボールであり、デッドボールになるのは偶然もあるが、体に当ててデッドボールとなる投球を打者は体に当てることが(理論上)できるうえに、どこに転がるかは守備側にとって予測不可能でかつそれを捕球するのも現実的に不可能になる。その時点で著しく守備側の裁量とプレイの自由度を奪う形に(理論上)なる。だからデッドボールのときはボールデッドになる。
私見によるボールデッド理論は以上です。ただ、文献とかを調べたわけではないので全くのいい加減ですが・・・
ご意見、ありがとうございました。

インフィールドフライは審判が宣告したときに打者がアウトになります。守備側が落球しようが、ワンバウンドで捕球しようが、お構いなしです。ただし、インプレイであることから、走者はアウトにされる危険を賭して進塁を試みることができます。

もっとも、ライン際の飛球に対してはインフィールドフライ・イフ・フェアが宣告され、野手がファウル飛球を落球した場合には、打者はアウトにならず、ただのファウルで命拾いすることになります。ここに表れているルールの基本精神は、ルールは極力プレイに介入すべきではないということなのでしょう。むやみやたらにボールデッドとしないということに違いありません。

お二人の言わんとするところに同意できないわけではありません。ただ、ルールはゲームを面白くするという役割も担っているはずなのです。達川のプレイを球場で見ていた私は、結果的に野球というゲームに見事に嵌まりました。それを野球の奥の深さだと表現することに今はためらいを感じています。

このプレイを見ていなければ、私はあれほど野球というゲームに熱を上げることはなかったのかもしれません。すくなくとも毎年のようにルールブックを買い求めることにはならなかったでしょう。

このプレイのとき、捕手の達川だけでなく、打者の清水も、三塁走者の山崎も、ルールを理解して行動していたわけではありませんでした。20年野球をやっている選手が揃って勘違いしてしまうような複雑なルールが本当に必要なのだろうかと今は思うわけです。

達川はフェア飛球をワンバウンド処理しました。ルールがボールデッドなら、打者アウトの二死満塁でプレイは再開されます。おいしい場面がまだ続くのです。たしかにこのハプニングによって、記憶に残る試合にはなりました。

野球のゲームとして面白かったかと問われれば、そんなことはありません。もっとシンプルなルールのほうが試合としては面白いはずだと私は考えています。

ところで、これを書いているとき、「ほきゅう」は「補給」に、「そうしゃ」は「奏者」に、「しんるい」は「親類」に変換されてしまいました。私はもうすっかり普通の人です。

なお、「殿堂」の諸ページについては、頁末の「観戦試合打撃(投手)成績」が必要なのかどうか、のちのち検討していきたいと思います。今回はとりあえず残しました。

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